有給休暇の買い取りはできる?違法にならない条件と退職時の対応(2026.5.9)

「退職する社員の有給が大量に残っているけど、買い取ってしまっていいの?」
「引継ぎをしてほしいのに、有給を消化されては困る…」
そんなお悩みをお持ちの経営者・人事担当者の方はいませんか?
有給休暇の買い取りは、原則として労働基準法で禁止されています。しかし、一定の条件を満たした場合には、例外的に適法となるケースが存在します。本記事では、違法にならない条件、退職時の実務的な活用方法、そして見落としがちな「税金・社会保険の取り扱い」まで、社労士の視点からわかりやすく解説します。
第1章. 有給休暇の買い取りは「原則違法」―その理由とは
(1) 労働基準法第39条が定めるルール
有給休暇制度の本来の目的は、労働者が心身の疲労を回復し、生活にゆとりをもたせること―つまり「実際に休む」ことにあります。そのため、休暇を与える代わりに金銭を支払ってその権利を消滅させる「買い取り」は、労働基準法第39条の趣旨に反するとして、原則違法とされています。
行政解釈(昭和30年11月30日 基収4718号)でも、有給休暇の買い取り予約によって法定の日数を減じることや、請求された日数を与えず金銭を支払うことを明確に禁止しています。
(2) 絶対にやってはいけない2つのNG行為
以下の行為は労働基準法第39条違反となり、罰則の対象となります。絶対に行わないようにしてください。
【やってはいけないNG行為】
・NG①
買い取りの予約
将来発生する有給休暇をあらかじめ買い取る契約を結び、労働者が請求できる日数を減らすこと。
・NG②
時季指定への金銭代替
労働者が具体的な時季を指定して休暇を請求した際、その休暇を与えず、代わりに金銭を支払って済ませること。
第2章. 例外的に買い取りが認められる3つのケース
「原則違法」とはいえ、以下の状況では例外的に買い取りが適法と判断されます。これらは「休息の機会を奪う」ことにならないため、法定の権利侵害には該当しないと解釈されています。
(1) ケース1 退職時に未消化残がある場合(最も多いケース)
退職・解雇によって労働契約が終了すれば、有給休暇を行使する権利も消滅します。退職後は休暇を消化する機会が存在しないため、残日数に応じた手当を支給しても法の趣旨に反しません。
むしろ「退職時に有給が余ってしまったので買い取ってほしい」という従業員のニーズに応えることは、円満退職につながるメリットがあります。
(2) ケース2 2年の時効によって消滅する場合
有給休暇の請求権は、労働基準法第115条により2年の消滅時効があります。時効により権利が消滅した日数分について、会社が買い取ることは適法です。ただし、あくまで「権利が消滅した後」の話であることに注意が必要です。
(3) ケース3 法定を上回る日数(法定外休暇)を付与している場合
労働基準法で定められた最低基準(初年度10日など)を超えて、会社が独自に付与している「法定外休暇」については、買い取りが可能です。
【専門家アドバイス:管理上の落とし穴】
法定外休暇を買い取り対象とする場合、就業規則等で「法定内」と「法定外」を明確に区分して規定することが不可欠です。この区別が曖昧な場合、法定外の日数分であっても法定休暇と同様の制限(買い取り禁止)を受けるリスクが生じます。
第3章. 退職時の買い取りを活用すべき場面
退職に際して、有給休暇の買い取りを「交渉のカード」として活用することは、トラブル回避と経済的メリットの両立につながります。具体的にどのような場面で活用できるのかを解説します。
(1) 退職勧奨を円満に進めたいとき
会社側から退職を促す場合、「退職条件パッケージ」の一つとして有給買い取りを提示することは非常に有効です。従業員の納得感を高め、合意形成を早める効果があります。「もめずに会社を去ってもらいたい」という場面でこそ、買い取りは力を発揮します。
(2) 引継ぎをしっかりやってもらいたいとき
退職予定者が最終日まで有給消化を優先しようとしても、会社はこれを強制的に止める手段を持ちません。しかし、買い取りを提示することで、従業員が「自発的に」休暇を放棄し、引継ぎ業務を優先するよう誘導できます。
買い取りは、法的強制力なしに引継ぎ期間を確保するための現実的な交渉ツールです。
第4章. 退職時の有給買い取りにかかる税金・社会保険の扱い
有給休暇の買い取りを行う際、最も重要かつ見落とされがちなのが「税金・社会保険の処理」です。ここを誤ると、後から税務調査などで問題になる可能性がありますので、正確に理解しておきましょう。
(1) 退職所得として処理する場合
『退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与』に当たるというためには、それが、(1)退職、すなわち勤務関係の終了という事実によって初めて給付されること、(2)従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払の性質を有すること、(3)一時金として支払われることの各要件を備えることが必要であると解される場合等は退職所得と認められる場合があります。
| 項目 | 取り扱い内容 | 根拠 |
| 所得区分 | 退職所得として処理 | 国税不服審判所 平成23年5月31日裁決 |
| 税務処理 | 所得税・住民税の源泉徴収が必要。「退職所得の受給に関する申告書」を必ず回収すること | 所得税法第201条 |
| 社会保険料 | 退職所得のため、本人・会社双方ともに社会保険料は発生しない | 健康保険法・厚生年金保険法 |
(2) 在職中の給与扱いにした場合
仮に在職中の「給与」として買い取り代金を支払った場合、以下のデメリットが発生します。
【在職中の給与として処理した場合のデメリット】
・ 社会保険料(健康保険・厚生年金)が会社・本人ともに発生する
・ 通常の給与として所得税が計算されるため、従業員の税負担が増える可能性がある
・ 退職所得控除が適用されないため
退職所得として適切に処理することで、社会保険料の会社負担をゼロにできるのは、企業にとってメリットもあります。必ず「退職所得の受給に関する申告書」を本人から回収した上で源泉徴収処理を行うことになります。
税務に関する詳細につきましては、管轄の税務署または税理士等の専門家へご相談ください。
第5章. 買い取り金額の計算方法と実務上のルール
(1) 3つの計算方法から選ぶ
買い取り額の計算方法にういては、一般的には以下の3つのいずれかが用いられます。
①平均賃金: 直前3ヶ月の賃金総額÷その期間の総歴日数(労働基準法第12条に基づく計算)、 最も一般的な方法
②通常賃金: 休暇を消化した場合と同程度の金額(1日分の所定労働時間×時間給)、 実態に近い計算が可能
③標準報酬日額: 健康保険法に基づく標準報酬月額÷30日で算出(労使協定の締結が必要)
、労使協定が必要
(2) 会社に買い取り義務はあるのか
重要なポイントとして、就業規則等に「買い取る」旨の義務規定がない限り、会社は従業員からの買い取り請求を拒否する権利を持っています。
つまり、買い取りはあくまで「労使の合意による任意の制度」です。従業員から「買い取ってくれ」と言われたからといって、必ず応じる必要はありません。自社の就業規則を確認し、明確なルールを設けることをお勧めします。
第6章. 年5日取得義務との関係―買い取りはカウントされない
2019年4月から義務化された「年5日の確実な有給取得」について、買い取りとの関係で誤解が多い点がありますので、明確にしておきます。
【重要】有給休暇を買い取った日数は、年5日取得義務のカウントには一切含まれません。
この義務を果たすには、買い取りではなく、労働者が実際に仕事を離れて「休む」ことが必要です。買い取りで消化したと思い込んで、年5日の義務を怠ると、30万円以下の罰金が科される可能性があります。必ず別途、年5日の実休取得を管理してください。
第7章. 実務確認チェックリスト―買い取り前に必ず確認すること
有給休暇の買い取りを実施する際は、以下のチェックリストで漏れがないか必ず確認してください。
| □ | 確認事項 |
| □ | 就業規則の区分:法定外休暇を買い取る場合、法定内と明確に区別されているか |
| □ | 対象事由の合致:「退職時」「時効消滅分」「法定外付与分」のいずれかであるか |
| □ | 合意の形成:買い取りが一方的な強制ではなく、労使の合意に基づいているか |
| □ | 計算方法の確定:平均賃金や標準報酬日額など、具体的な算出根拠によるものか |
| □ | 税務処理の確認:「退職所得の受給に関する申告書」を回収しているか |
| □ | 証跡の管理:買い取りに関する合意書等エビデンスを保存しているか |
| □ | 年5日取得義務の確認:買い取りとは別に、本年度の年5日取得されているか |
第7章.まとめ
有給休暇の買い取りについて、重要ポイントを整理します。
【この記事のまとめ】
・ 有給休暇の買い取りは原則違法。ただし「退職時」「時効消滅分」「法定外付与分」のケースは例外として適法。
・ 退職時の買い取りは、円満退職・引継ぎ確保等の実務メリットがある。
・ 買い取り代金の税務処理は「退職所得」に出来るかを検討。
・ 退職所得として処理すると、社会保険料が発生しないメリットがある。
・ 買い取りをした日数は、年5日の有給取得義務のカウントには含まれない。
・ 就業規則への明記と合意書の作成など、証跡管理を徹底すること。
有給休暇の買い取りは、やり方を誤ると労働基準法違反になるリスクがある一方、適切に活用すれば退職トラブルを防ぎ、会社・従業員双方にメリットをもたらす有効な手段です。
「自社のケースで買い取りは適法か?」など、個別のご相談は、ぜひ専門家にお気軽にお問い合わせください。
【投稿者:社会保険労務士 大髙 秀樹】
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