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【労災対策・第2話】労働保険の年度更新で失敗する社長の共通点「毎年なんとなく処理している」その油断が命取り。労働保険料計算の落とし穴を解説。(2025.11.7)

労働保険の年度更新で失敗する社長の共通点『「毎年なんとなく処理している」その油断が命取り。労働保険料計算の落とし穴を解説。』

  

1. はじめに:「去年と同じ封筒」に潜む、静かなる時限爆弾

 

「また、あの面倒な季節が来たか…」 6月、社長室に届く一通の緑色の封筒。それは、年に一度の「面倒な事務作業」の合図です。

前年の数字を引っ張り出し、なんとなく前年と同じ金額を転記して提出。「労働保険料の年度更新? どうせ毎年同じでしょ」――そう思っていませんか?

 

しかし、その“なんとなく”こそが、あなたの会社の資金繰りを脅かし、労働局の調査を呼び込む“時限爆弾”になることがあります。

この封筒の中にあるのは、ただの書類ではありません。それは、「あなたの会社がどれだけ正しく労務管理できているか」を、国が静かに確認するチェックシートなのです。

 

 

2. そもそも「年度更新」とは?――これは「事務作業」ではなく、「保険料の精算」です

 

「労働保険の年度更新」とは、労災保険と雇用保険について、毎年41日から翌年331日までの1年間を単位として計算されることになっており、その額はすべての労働者(雇用保険については被保険者)に支払われる賃金の総額に、その事業ごとに定められる保険料率を乗じて算定されるものです。

最終的には「概算保険料(仮払い)」と「確定保険料(本精算)」を調整して行われる手続きです。

つまり、これは単なる報告ではなく、“精算”。税金でいえば“確定申告”に相当します。

たとえば、前年に概算で100万円を支払っていたとしても、実際の賃金総額が増えていれば、追加で数十万円を納めなければなりません。逆に減っていれば、払いすぎた分が還付されます。

 

この“ズレ”を放置すると、過大払い(払い損)か、未払い(追徴金)のどちらかに転びます。つまり、年度更新は「保険料の調整」という名の、会社の資金を守る最終防衛ラインなのです。

COLUMN】令和7年度の改定ポイント ちなみに、令和7年度の年度更新(令和6年度の確定保険料)では、雇用保険料率について事業主負担および被保険者負担がそれぞれ0.5/1000引き下げられています。(労災保険料率については令和6年度から変更ありません) このような毎年の微細な変更を見落とすことも、計算ミスの原因となります。

 

 

3. 9割の社長が間違える】「賃金総額」という、最大の落とし穴

「保険料は給与の総額で計算すればいいんだろう?」 ――そう思っている社長ほど、要注意です。

労働保険料の計算に使う「賃金総額」は、単なる給与合計ではありません。ここには、経営者が陥りがちな、5つの典型的な落とし穴と、1つの隠れた伏兵が潜んでいます。

 

罠①:役員報酬と家族への給与

社長や取締役の役員報酬は、原則として労働者としての賃金には含まれません。しかし、法人の取締役等であっても、業務執行権がなく、指揮監督を受けて労働に従事し、その対償として賃金を得ている場合は、その部分は労働者としての賃金に含まれます。

また、家族を従業員として雇っている場合も「労働の実態」によっては当然対象となります。「家族だから」と安易に除外してしまうと、申告漏れになります。

 

罠②:パート・アルバイトの賃金

「雇用保険に入っていないパートさん」の賃金を、計算から除外していませんか?雇用保険に未加入のパート・アルバイトでも、労災保険は原則として全員が対象です。 「雇用保険の対象外=労働保険の対象外」ではないのです。この誤解が最も危険です。

 

罠③:出向者の取扱い

出向者は、労災保険においては、出向先事業の組織に組み入れられ、出向先事業主の指揮監督を受けて労働に従事する場合には、出向先の労働者として取り扱われます。「給与は出向元が払っているから」と出向先が算入を漏らすと、重大なミスにつながります。

 

罠④:賞与と通勤費の「計上漏れ」

年度更新で計算する「賃金総額」には、毎月の給与だけでなく、賞与(ボーナス)も当然含まれます。さらに、税務上は非課税となる「通勤手当」(定期券、回数券等も含む)も、労働保険料の算定においては「賃金」として含めなければなりません。 この2つは、金額が大きいため、漏れた場合の追徴額も跳ね上がります。

 

罠⑤:外注費と給与の「境界線」

請負契約をしている「外注先」は、原則として賃金総額に含みません。しかし、契約書が「請負」であっても、実態が「会社の指揮命令のもとで働いている」場合は、労働者と見なされ、その外注費も「賃金」として申告しなければならないケースがあります。これは「計算ミス」ではなく、「労務管理の根本的な問題」として調査で厳しく指摘されるポイントです。

 

【隠れた伏兵】 給与ソフトの「初期設定」ミス

「うちは給与ソフトを使っているから大丈夫」――それが油断です。よくある事例として、給与計算ソフトの「初期設定」が間違っていることがあります。 例えば、上記罠の「通勤費」が、ソフトの設定上で「労働保険の算定対象」からチェックが外れていませんか?会社の基本設定・従業員の個人設定を今一度確認し、設定ミスによる計算間違いがないか、ご注意ください。

 

[ 参考:賃金に含まれるもの・含まれないもの ]

 <賃金と解されるもの(間違いやすいもの)>

・扶養手当、家族手当、住宅手当、皆勤手当

・休業手当、賞与、通勤手当(定期券・回数券等)

 

<賃金と解されないもの(間違いやすいもの)>

・解雇予告手当

・出張旅費、財形奨励金、創立記念日等の祝金

・退職金

 

【建設業の社長様へ】「請負金額」による特例計算という“別次元の罠”

 

建設業の現場労災の年度更新は、上記の一般企業とは全く異なります。現場は、数次の下請け業者が出入りし、個人事業主である一人親方も混在するなど、複雑な雇用形態が入り乱れています。

そのため、保険料の算定基礎となる賃金総額を正確に把握することが困難な場合、『請負金額に事業の種類ごとに定められた労務比率を乗じた額を賃金総額とする』という特例的な計算方法が認められています。

この「労務費率」の適用や、「どの範囲の請負金額まで含めるか」の判断を誤ると、数百万単位での申告漏れや過払いが発生する、極めて専門性の高い領域です。

 

 

4. もし申告を間違えたら?「追徴金」と「労基署調査」という、最悪の罰ゲーム

 

「たかが計算ミス」――そう思っていませんか?実は、年度更新の誤りは「法令違反」に該当します。

誤って少なく申告していた場合、追徴金や延滞金が課されるだけでなく、不自然な賃金総額の変動が見られると、都道府県労働局の「算定調査」の対象になることもあります。

たとえば、前年より賃金総額が極端に減っている場合、「本当に人員削減をしたのか」「賃金計上の漏れはないか」などが精査されます。

年度更新の誤りは、“数字”が会社の信頼を壊すきっかけになるのです。

 

 

5. 【核心】なぜ、この「面倒な計算」が、第1話の「恐怖(労災)」に直結するのか

 

ここが最も重要な部分です。

「労災保険」は、正しく保険料を支払ってこそ、事故が起きたときに初めて会社と従業員を守るお守りとして機能します。

もし年度更新で誤った申告をしていたら――「その労働者が対象外だった」「賃金総額に漏れがあった」と判明した時点で、 保険給付が遅延、もしくは遡って追加徴収されることになります。労災事故の渦中で、「年度更新のミス」が発覚したら。会社に残るのは、金銭的な負担と信頼の失墜です。

 

だからこそ、この“退屈な手続き”こそが、会社を守る防波堤なのです。

 

 

6. まとめ:年に一度の「油断」を、年に一度の「完璧な安心」に変えるために

 

年度更新は、決して「誰でもできる事務作業」ではありません。それは、労務の実態・契約関係・雇用区分など、会社の全てを映し出すです。

 

年に一度の封筒を、「面倒な書類」ではなく「会社の健康診断書」として扱ってください。そして、もし不安があるなら――一度だけでも、専門家に点検してもらう価値は十分にあります。

 

社長の貴重な時間を“書類の海”で失うよりも、「正しい手続き」と「安心な補傷」を確実にしておくことが、経営者として最も合理的な判断ではないでしょうか。

 

 

7. 【次回予告】

 

「手続きは完璧だ。お守り(労働保険)も手に入れた。」しかし、社長。もしあなたの認識そのものが間違っていたとしたら?

「これは、さすがに労災の対象だろう」――その社長の誤解が、いざという時、従業員も会社も守れないという悲劇を招くことがあります。

 

次回、第3話 『労災認定されない!? よくある誤解と正しい対応法「これは労災にあたるのでは?」という誤解を解消』を解説します。

 

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