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【労災対策・第1話】労災が怖い理由『1件の事故が会社経営を揺るがす「たった一度の事故」が補償・評判に影響。経営者の“知らなかった”を防ぐ。』(2025.10.31)

本日から全5回にわたり、『 労災保険・労働保険 』をテーマに、企業様が抱える課題・リスクとその対応方法をわかりやすく解説します。

これは、あなたの会社を「未来」から守る、全5話の「防災マニュアル」です。

労災は「怖い」です。しかし、本当に怖いのは、事故そのものではありません。 本当に怖いのは、労災・労働保険という制度を「誤解」したまま、「油断」し、「無視」し続けた結果、たった1件の事故で、会社と従業員の全てを失ってしまう可能性があると言う、その「結末」です。

 まず第1話は、「  労災が怖い理由『1件の事故が会社経営を揺るがす「たった一度の事故」が補償・評判に影響。経営者の知らなかったを防ぐ。』から、お話しいたしましょう。

 

 

【はじめに:「労災保険があるから大丈夫」では済まない現実】

 

ー多くの中小企業が“制度の誤解”から痛い目を見る理由。ー

 

「ウチはちゃんと労働保険(労災保険)に入っているから、万が一従業員がケガをしてもすべて保険でカバーされる」。多くの中小企業の社長が、そう信じています。

しかし、その「大丈夫」という認識が、実は会社の存続を揺るがす大きなリスクを孕んでいるとしたらどうでしょうか。

 

労災保険(労働者災害補償保険)は、確かに従業員を守るための重要なセーフティネットです。しかし、制度を正しく理解し、正しく運用していなければ、保険が「使えない」ばかりか、保険とは全く別の「莫大なコスト」が発生する事態を招きます。

「知らなかった」「任せていた」では済まされないのが、労務リスクの怖いところです。多くの中小企業が陥りがちな“制度の誤解”とは何か。まずは、以下の5つのポイントを自社に当てはめてチェックしてみてください。

 

1-① 労働保険成立届等、事務手続を正しく行っているか?

「労働保険手続きは漏れなく行っている」という社長も、安心はできません。

 

そもそも、法人を設立した、あるいは従業員を1人でも雇った時点で、事業主は「労働保険の成立届」を労働基準監督署またはハローワークに提出する義務があります。

 また、支店を設けた場合にも、原則として労働保険の成立届けを行う必要があります。

 建設業の場合には、元請けの労災を使えるのか?自社の労災を使うのか?自社の労災を使う場合の届けがきちんと行えているか?という事を十分理解出来ているでしょうか。

 

この最初の手続きを怠っていた場合、労災が発生しても保険給付がスムーズに行われないばかりか、遡って保険料を徴収され、さらに追徴金まで課される「ペナルティ」が発生する場合があります。手続きの漏れは、それ自体が法令違反であり、リスクの第一歩です。

 

 

1-② 保障の範囲を理解しているか?

労災保険がカバーするのは、あくまで「治療費(療養補償給付)」や「休業中の所得補償(休業補償給付)」、「障害が残った場合の補償(障害補償給付)」など、法律で定められた範囲の「補償」です。

 

ここで重要なのは、労災保険は「賠償」ではないという点です。

 

例えば、従業員が被った精神的苦痛に対する「慰謝料」や、労災によって失われた将来得られるはずだった利益(逸失利益)の全額が、労災保険から支払われるわけではありません。この「補償」と「賠償」のギャップこそが、後に説明する“損害賠償請求”の火種となります。「保険で全部済む」という認識は、根本的な誤りなのです。

 

1-③ 『労働者性』について理解しているか?

「このスタッフは“業務委託契約”だから、ウチの従業員じゃない。だから労災は関係ない」。これは、現代において最も危険な誤解の一つです。

 

法的な「労働者」であるかどうかは、契約書の名称(業務委託、請負、フリーランスなど)で決まるのではなく、「実態」で判断されます。

・会社からの具体的な指揮命令を受けているか?

・働く場所や時間が拘束されているか?

・報酬が「仕事の成果」ではなく「労働の対価」として支払われているか?

 

これらの実態が認められれば、たとえ業務委託契約であっても「労働者性あり」と判断され、労災保険の対象となります。もし「労働者ではない」と判断して保険加入手続きを怠っていた場合、労災発生時に会社が治療費や休業補償の全額を負担するだけでなく、ペナルティが課されることもあります。

 

1-④ 業務災害(業務遂行性・業務起因性)について理解しているか?

労災認定には、「業務遂行性(会社の管理下で働いていたか)」と「業務起因性(その業務が原因で発生したか)」という2つの重要な要件があります。

 

社内での作業中のケガは分かりやすいですが、「出張中の移動や宿泊先での事故」や「会社の指揮命令下で行われる社内行事(運動会や、事実上強制参加の飲み会など)でのケガ」はどうでしょうか。これらも、会社の管理下にあると認められれば、業務災害となる可能性があります。[参考通達:平成12.5.18 基発第366号]他

 

また、近年増加しているのが「精神疾患(メンタルヘルス不調)」です。過度な長時間労働や、上司によるパワハラが原因でうつ病を発症した場合も、業務起因性が認められれば労災認定されます。社長が「そんなはずは…」と思っても、客観的な事実(労働時間の記録、メールのやり取りなど)に基づき判断されるのです。

 

1-⑤ 通勤災害について、従業員に対し指導出来ているか?

通勤災害は、自宅と会社の間を「合理的な経路および方法」で往復する際に起きた災害を指します。

 

例えば、マイカー通勤者が業務終了後に約1.5㎞離れた妻の勤務先を経由して自宅に帰宅しようとした途中で事故を起こした場合。これは「合理的な方法」とは認められず、通勤災害とならない可能性があります。[参考通達:昭和49.8.28 基収第2169号]

 

例えば、1戸建ての住宅の玄関先での転倒による負傷については通勤災害の対象になるのでしょうか?この場合、「住居」とは労働者が居住して日常生活の用に供している家屋等の場所で、当該労働者の就業のための拠点となる場所をいい、一戸建での屋敷構えの住宅にあっては、門・門扉またはこれに類する地点が境界になります。つきましては本件の場合には通勤災害とは認められません。[参考通達:昭和49.7.15 基収第2110号]

 

また、帰宅途中に「業務とは関係のない」居酒屋に立ち寄った後、その帰り道で事故に遭った場合も、経路を「逸脱・中断」したとみなされ、原則として通勤災害とは認められません(日用品の購入など、一部例外はあります)。

 

こうしたルールを従業員に周知徹底し、通勤経路の届出を適切に管理していないと、いざという時に従業員が守られない事態を招きます。またマイカー勤務者の加入保険状況をきちんと確認しておかないと、「使用者責任」を問われた場合には従業員賠償不能分を会社に請求される可能性があります。それは結果として、会社の管理体制の不備、つまり「安全配慮義務違反」を問われることにも繋がりかねません。

 

 

【社長が知らない怖い3つのリスク

 

労災保険制度への誤解は、単に「保険が使えない」という問題だけでは済みません。労災が発生し、それが「認定」された後、会社にはさらに深刻な3つのリスクが襲いかかります。

 

2-① 「労災認定」された後にやってくる損害賠償請求

これが、経営者が最も理解しておくべき最大のリスクです。

 

前述の通り、労災保険が支払うのは「補償」であり、「慰謝料」は含まれません。しかし、労災が発生した原因が、会社の「安全配慮義務違反(従業員が安全に働ける環境を整える義務)」や「使用者責任(従業員が他者に与えた損害を賠償する責任)」にあると判断された場合、被災した従業員(またはその遺族)は、会社に対して民事上の「損害賠償請求」を起こすことができます。

 

「労災認定された」という事実は、裁判において「会社(または業務)に原因があった」という強力な証拠となります。労災保険から休業補償が支払われていても、それだけでは到底カバーできない高額な慰謝料や逸失利益を請求されるケースが後を絶ちません。

 

この「上乗せ請求」こそが、中小企業の経営を直撃するのです。労災保険に入っているから大丈夫、では全くないのです。

 

2-届け出漏れは無いか?労基署調査で発覚する法令違反

労災が発生し労働者が休業した際、会社は「労働者死傷病報告」を労働基準監督署に提出する義務があります。もし、これを怠ったり(いわゆる「労災隠し」)、虚偽の報告をしたりすれば、それ自体が「労働安全衛生法違反」という犯罪です。

[参考:労災隠し 労働安全衛生法第120条違反 50万円以下の罰金]

 

また、労災をきっかけに労基署の「調査(臨検監督)」が入ることがあります。調査官がチェックするのは、労災の原因だけではありません。

・労働保険の加入手続きは適切か?(1-①のリスク)

・労働者名簿や賃金台帳は整備されているか?

・残業代は正しく支払われているか?(サービス残業はないか)

36協定は締結・届出されているか?

・健康診断は実施しているか? 等

 

労災を機に、隠れていた他の法令違反が次々と発覚し、是正勧告や、悪質な場合は追徴金、罰金、最悪の場合は書類送検に至るケースもあります。「たった1件のケガ」が、会社全体の違法状態を白日の下に晒す引き金になるのです。

 

2-取引先・求人・評判への信用ダメージ

現代は、SNSや口コミサイトによって、情報が瞬時に拡散される時代です。「あの会社は労災を隠した」「社員がケガをしても知らんぷりだった」といったネガティブな評判は、取り返しのつかないダメージを会社に与えます。

 

取引先からの信用失墜: コンプライアンス(法令遵守)意識の低い会社とは取引できない、と契約を打ち切られる可能性があります。

 

深刻な採用難: ハローワークや転職サイトの口コミで「ブラック企業」のレッテルを貼られれば、優秀な人材はまず集まりません。人手不足がさらに深刻化します。

 

目先の保険料を惜しんだり、手続きを怠ったりした結果が、会社の未来そのものを奪うことになるのです。

 

 

1件の労災で会社が受けるダメージの実例】

 

ー休業補償だけでは終わらない、治療費・慰謝料・裁判対応・再発防止命令。ー

 

では、実際に1件の重篤な労災が発生すると、会社はどのような金銭的・時間的コストを負うのでしょうか。「休業補償は労災保険から出るから」と安心している社長の想定を、はるかに超える負担が待っています。

 

<製造業A社:従業員が機械に手を巻き込まれ、指を数本切断>

 

「労災保険からの給付」

・治療費(療養補償給付)

・休業補償給付(休業4日目から平均賃金の約8割)

・障害補償給付(後遺障害等級認定後、一時金または年金)

 

「会社が直接負担するコスト(保険では出ない)」

・休業補償(最初の3日間): 労災保険は4日目から、最初の3日間は、会社が労働基準法に基づき平均賃金の6割を補償する義務があります。

・損害賠償請求(民事): 被災従業員から「安全配慮義務違反(機械の安全装置が不十分だった、安全教育が不足していた)」を理由に提訴されました。

・慰謝料: 後遺障害を負ったことによる精神的苦痛、入院・通院への慰謝料。

・逸失利益: 労災保険の障害補償給付だけでは賄いきれない、将来得られたはずの収入の差額。

・弁護士費用: 裁判に対応するための弁護士費用。

 

「間接的なコスト(見えづらいダメージ)」

・労働基準監督署の対応: 事故原因の調査、事情聴取、膨大な報告資料の作成。社長や担当者が、本来の業務をストップして対応に追われます。

・行政処分: 調査の結果、機械の安全対策に不備が認められ、「機械の使用停止命令」および「再発防止策の策定・実施命令」が出されました。

・生産性の低下: 機械が停止したことによる生産ロス。また、事故を目の当たりにした他の従業員の士気低下や、退職者の発生。

 

このケースでは、労災保険から給付があったにもかかわらず、最終的に裁判所の和解勧告により、会社は被災従業員に対し、損害賠償金を支払うことになりました。保険があるから大丈夫、では全く済まなかったのです。

 

 

【「うちは小規模だから関係ない」は危険な思い込み】

 

5人未満の会社でも、パート・アルバイト・業務委託でも対象になるケース。

 

「うちは社長と家族、あとはパートさんが2人だけの小さな会社だから、大企業の労災とは関係ない」「従業員は5人未満だし、建設業でもないから」

このように考える社長も多いかもしれませんが、それは法律を根本から誤解しています。

 

労働保険(労災保険・雇用保険)は、原則として、労働者を1人でも雇用するすべての事業場(会社)に加入義務があります。

会社の規模(従業員数)は一切関係ありません。従業員が1人であろうと、100人であろうと、法的な義務は同じです。

 

パート・アルバイトも「労働者」です 「短時間のパートだから」「学生アルバイトだから」という理由で、労災保険の対象外になることはありません。所定労働時間に関わらず、雇用契約を結び、賃金を支払っている以上、その人は「労働者」であり、労災保険の対象となります。もし加入手続きを怠ったまま労災が発生すれば、保険給付にかかった費用の全額または一部を、会社がペナルティとして徴収されます。

 「業務委託」でも対象になるケース 先述(1-③)の通り、最も注意すべきは「業務委託」や「フリーランス」と称しているスタッフです。建設業の一人親方のように、形式上は請負契約であっても、実態として現場監督の指揮命令下で働いている場合、労働者性が認められ、労災の対象となる可能性が極めて高いのです。IT業界のフリーランスエンジニアであっても、常駐先で社員と同様の時間管理・指揮命令を受けていれば、労働者と判断される余地があります。

「ウチは小規模だから」という甘えは、いざという時に通用しません。むしろ、経営基盤が盤石でない中小企業・小規模事業者こそ、たった1件の労災と、それに伴う損害賠償請求によって、会社の資金繰りが一気にショートし、倒産の危機に直結する事もありえるのです。

 

 

【まとめ:労災は「いつか起きる」ではなく、「いつ起きてもおかしくない」】

ー社長の安心のために、備えを仕組み化することが最大のリスクヘッジ。ー

 

多くの中小企業経営者にとって、「労災」はどこか他人事で、「ウチに限って」と思いがちなテーマかもしれません。しかし、本記事で見てきたように、「保険に入っているから大丈夫」という認識は、非常に危険な誤解に基づいています。

・労災保険は「慰謝料」までカバーしない。

・労災認定は「損害賠償請求」のスタートラインになり得る。

・手続きの漏れや労災隠しは、労基署調査とペナルティを招く。

・「業務委託」や「パート」も、実態次第で対象となる。

 

1件の労災が、会社の信用と経営そのものを破壊する可能性がある。

 

労災は「いつか起きる」ものではなく、「いつ起きてもおかしくない」経営リスクです。事故が起きてから慌てて対応するのではなく、事故が起きる前、あるいは事故が起きても会社が揺らがないように「備える」ことこそが、社長が今すぐ取り組むべき最重要課題です。

大切な従業員を守り、そして何より社長自身と会社を守るために、「備えを仕組み化すること」が、最大のリスクヘッジとなります。

まずは自社の労働保険の手続き状況、就業規則、安全管理体制、そして「業務委託」契約の実態を、専門家と共に総点検することから始めてはいかがでしょうか。

 

 

【次回予告】

今回、たった1件の労災が、会社経営そのものを揺るがす「本当の恐怖」について、ご理解いただけたかと思います。

 

しかし、社長。 その「恐怖」から会社を守る、唯一の『お守り』であるはずの、労働保険。

もし、あなたが「毎年なんとなく処理している」、あの年に一度の『年度更新』の、たった一つの「計算ミス」や「思い込み」のせいで・・・

 

次回、第2        労働保険の年度更新で失敗する社長の共通点『「毎年なんとなく処理している」その油断が命取り。労働保険料計算の落とし穴を解説。』となります。

 その「なんとなく」の油断が招く、もう一つの、静かなる経営リスクの正体を解説します。

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