【 おやつと労務4】*息抜きに読んでみて下さい(2025.10.16)
🌱新人総務A子の奮闘記「憧れのE先輩を救え!」~チーズケーキの神様がくれたヒント~🌱
午後のオフィス。それは、機械仕掛けのように整然と響くキーボードの音と、窓から差し込む暖かな光、そして誰もが一度は抗いがたくなるかすかな睡魔が漂う、一種の『聖域』だ。時計の針が午後三時を指した瞬間、私の脳内には警報が鳴り響く――エネルギー補給の刻!
(よし、今だ…!)
私は周囲の気配、特に斜め向かいのベテラン社員の視線がPCモニターに集中していることを確認し、デスクの引き出しを音もなく滑らせた。ターゲットは、昨日自分へのご褒美に買った、コンビニスイーツの最新作『濃厚とろけるチーズケーキ』。パッケージを開けた瞬間、漂うバターとクリームチーズの甘い香りが、一瞬にして殺風景なオフィスを、秘密の花園に変える。
プラスチックのフォークをそっと構え、クリームとベイクド生地が黄金比率になった完璧な一口をすくい上げる。脳内に壮大なファンファーレが鳴り響き、まさにその至福を迎え入れようとした、その刹那――!
「ただいま戻りましたー!」
澄み渡るような、まるで春の陽射しのような声。その響きに、私は餌を前にしたリスのようにピシッ!と固まった。や、やばい!まずい!見られた!?口の中のチーズケーキを「うぐっ」と喉の奥に押し込み、何事もなかったかのように満面の笑みを作り、振り返る。笑顔は完璧、ただし口元にはうっすらとクリームの残滓が…。
声の主は、営業部のエース、E先輩だった。部署は違うけれど、いつも優雅で、新人の私にも「A子ちゃん、頑張ってるね!」と声をかけてくれる、密かな憧れの存在だ。産休・育休を経て復帰されたと聞いていたが、その太陽みたいな笑顔は相変わらずで、オフィス全体が一気に明るくなった気がした。私は慌てて引き出しを閉め、憧れの先輩の輝きを盗み見続けた。
そんなハッピーな雰囲気から一転、オフィス全体にわずかな緊張感が走ったのは、それから数週間後のお給料日だった。
昼休みが終わりかけ、給湯室でコーヒーを淹れようと扉を開けた瞬間、私は立ち尽くした。
そこにいたのは、あのE先輩。スマホの給与明細画面を食い入るように見つめ、コーヒーカップを持つ手が小刻みに震えている。太陽みたいな笑顔はどこへやら、その顔は梅雨時の雨雲に覆われたようにどんよりと曇り、口元は「へ」の字に結ばれていた。
憧れの先輩のそんな、胸が締め付けられるような顔を見て、居ても立ってもいられなくなった私は、震える声を絞り出し、勇気を振り絞って声をかけた。
「あの…E先輩、何かありましたか?」
すると先輩は、私の突然の出現に少し驚いた顔をした後、「あ…A子ちゃん」と、困ったように自嘲気味に笑った。
「総務部だったよね?変なこと聞くみたいだけど、給与明細のことでちょっと…。見てよ、私、時短勤務で復帰したから、お給料はスリムになっちゃったのに、社会保険料だけが、育休前のバリバリ働いていた頃の“武勇伝”を忘れられないみたいで…。手取りが思ったより少なくて、ちょっとショックだったの」
武勇伝!(笑)――その秀逸な表現に一瞬笑いそうになったが、すぐにピンときた。これは、まさに先週、社会保険労務士の先生から習ったばかりの、中小企業で陥りやすい“落とし穴”のケースだ!
「先輩!それ、もしかして『育児休業等終了時改定』っていう、“お帰りなさいの呪文”を会社(総務部)が唱え忘れてるだけかもしれません!」
私の熱弁に、先輩は「…え、じゅもん?」とキョトンとしている。その瞳は、まるで手品師を見つめる子どものように、好奇心と不安が入り混じった色をしていた。
私は深呼吸をして、覚えたての知識を必死に、そして優しく説明した。育児休業から復帰後、仕事のペースに合わせて給与が下がった場合、申し出をすれば、復帰後3ヶ月間の報酬額を基に、社会保険料の計算に使われる「標準報酬月額」を、特例で直近の給与に見合った額に改定できる手続きがあることを。これを怠ると、先輩がおっしゃる通り、高い保険料を払い続けることになってしまうのだ、と。
「会社には、総務部に、先輩が復帰してからの給与を証明する書類を添えて、年金事務所に申請してもらう必要があるんです!この手続きをすれば、来月からは保険料が今の給与に合った額にちゃんとなりますから!」
話を聞き終えた先輩の顔が、みるみるうちに晴れていく。その曇天に覆われていた顔から、再びあの太陽のような笑顔が戻ってきた。
「そうなの!? A子ちゃん、ありがとう!専門外だから全然知らなかったわ…!高い保険料がずっと続くのかと思って、ちょっと凹んでたの。本当に助かったわ!」
憧れのE先輩に満面の笑みで感謝されて、私の心臓はうれしさでバクバク。顔が熱くなるのを感じた。
「いえ!あの、すぐに上司に報告して、手続きします!」
新人だからって何もできないわけじゃない。先週の社会保険研修で、眠気と闘いながら必死にメモを取っていた私、グッジョブ!あの時、一瞬よぎった「早く帰って、あのチーズケーキの続きを食べたいな」という邪念に打ち勝って良かった!
オフィスに戻る私の足取りは、いつになく軽やかだった。小さな社会保険の知識が、大好きな先輩の、そして一人の働くお母さんの笑顔につながるなんて。
総務の仕事って、思っていた以上に、誰かの生活をそっと支える、面白くて、温かい仕事かもしれない!あのチーズケーキの至福は、この達成感に比べたら、ほんの序章に過ぎなかった。私は、先輩の笑顔という最高の報酬を手に入れたのだ。次の一歩を踏み出す勇気を、あの「濃厚とろけるチーズケーキ」の神様がくれたのかもしれない、なんて思いながら、私は総務部のドアを開けた。やるべきことは山積みだ!

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